2014/10/09

アリババ上場の光と影 くすぶる経営の不透明…“マー帝国”の脆弱性も

 米ニューヨーク証券取引所での新規株式公開(IPO)をおよそ2カ月後に控えた7月29日のことだった。中国の電子商取引最大手、阿里巴巴(アリババ)集団の馬雲(ジャック・マー)会長は、社内のイントラネットで2万人を超える従業員に向け、「外界(社外)からの批判を客観的に認識し、それにも“適応”せよ」とする異例の通告を行った。
 追加発行分も含むIPOでのアリババの市場調達総額は250億ドル(約2兆7200億円)にも及ぶ。IPOの規模として、世界でも過去最大だった中国農業銀行(2010年、221億ドル)や2位の中国工商銀行(06年、219億ドル)を上回る。アリババは上場初日につけた株価からみた時価総額で2314億ドル(約25兆円)と一気にトヨタ自動車の22兆円も抜いた。
 ◆従業員の“おごり”をなだめる通告
 浙江省杭州市で英語教師から身を起こし、1999年の創業以来、わずか15年で成功を勝ち取ったマー氏への称賛が世界を駆け巡った。約9%のアリババ株を握りマー氏は、一夜にして250億ドルもの資産をもつ中国でもトップの富豪に躍り出た。だがマー氏の懸念は、称賛の次に来るであろう「批判」に、勝ち組に入った2万人以上の従業員が、どこまで耐えられるかだったようだ。
 マー氏の通告は上場後に世界的規模の企業となる上で、最低限の自戒を従業員に求める内容と読める。
 「短時間で急発展した中国の民営企業として、アリババは外界の批判を客観的に認識する必要がある。企業が大きくなれば責任と同時に(社会から)背負う期待も膨らむ。これに伴って批判も増えるのは自然であり、すなわち成長の代価といえる。この荒波は、従業員にとって千載一遇の学習のチャンスであり福音でもある。アリババ従業員はまず自らが、われわれの企業規模や影響力に(世界の)人々が適応できないことに適応しなければならない」
 意訳すれば、IPOで一気に世界規模の成功企業となると、口うるさい連中はやっかみもあってアリババ批判を始めるだろうが、それは負け犬の遠ぼえにも似て聞き流してやらなければならない。カリカリせずにガマンしてやろうじゃないか、とでもなろうか。言葉を選びつつマー氏は、成功者としての高揚感あふれる中国人従業員のおごりをなだめてみせたのだろう。
 だが実のところアリババに対する“批判”のタネはいくつも芽生えている。
 まず経営体制。ニューヨーク市場が承認しているとはいえ、アリババは中国のネット関連企業に対する外資規制回避のため、カリブ海のタックスヘイブン(租税回避地)であるケイマン諸島に設立した会社を通じて市場から資金調達している。このため投資家はワンクッション置いて間接的にアリババを所有する形となる。市場関係者は、「将来的に中国当局がこの経営体制と資金調達に疑問をはさんだ場合、合法性が問われる可能性もある」と話す。
 また、マー氏ら経営トップが取締役の過半数を任命できる独自の企業統治を採用しているため、株主よりも経営陣の利益が優先されやすい。実際、マー氏はIPOに関する書簡で「顧客が第1で従業員が2番、株主は3番目だ」と言い放った。短期的な利益追求のために株式を売買する気まぐれな株主は重視しないとの考えだというが、市場関係者は、「資本市場で巨額資金を調達する経営者としては失言だ」と手厳しい。
 ◆インターネット銀への進出構想
 次にチャンスとリスクが表裏一体とみられているネット銀行への進出問題。アリババが中国自動車部品大手の万向集団と手を組んで金融監督当局に設立を申請している資本金10億元(約178億円)のインターネット銀行、通称「アリババ銀行」が近く認可を得る見通しだ。中国政府は中小企業や個人への小口金融の受け皿に、今年3月に民間銀行の設立認可方針を打ち出し、アリババはネット銀行の構想で流れに乗った。
 アリババのネット販売サイトに出展している800万店以上の中小企業や個人企業、買い手となる3億人近い消費者に、より便利な金融サービスを提供するチャンスが待っている。だが一方で、中国は最大手の工商銀行など国有商業銀行大手ががっちり既得権益をにぎる中国版の“護送船団方式”がいまもまかり通っている。マー氏はかねて、民間企業への融資に消極的な既得権益層の変わらぬ姿勢を厳しく批判してきた。
 ただ、成長分野である電子商取引の決済や資金の流れを、アリババがどんどん吸い上げるとすれば、中国共産党幹部の金融閥と深く結びついている国有商業銀行が指を加えてみていられるか。アリババは電子商取引というフロンティアの市場を切り開くことで成長したが、銀行業という規制の厳しい既存の市場で同じ土俵に登り、どこまで国有商業銀行との“競合”を戦っていけるのだろうか。
 ◆共産党としたたかな蜜月関係?
 一方でマー氏は、共産党とのしたたかな水面下の関係もあるとされる。2013年に米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)のインタビューに応じた際、創業経営者として慈善事業に対する考えを聞かれたマー氏は、「資産を差し出すという考え方は、マイクロソフトのビル・ゲイツ氏や米有名投資家のウォーレン・バフェット氏が生んだのではない。1950年代に中国共産党が生み出したものだ」と答えた。
 世界に名だたる経済格差と貧困層の多さを誇る中国を代表する経営者の発言として、首をかしげる向きも多かったが、この発言は同時にマー氏はあくまで中国生まれで中国国籍をもつ中国人として、中国共産党の考え方に全く疑念をはさんでいないか、または共産党におもねる発言をする人物と受け止められた。市場ではさらに、共産党指導部のかつてのトップの家族が経営する投資会社などにアリババ株を譲渡し、巨額の上場益を分け当たる政治的な動きをしているとの未確認情報も流れては消える。
 中国という国家資本主義の国では当たり前ともいえる行為だが、これがニューヨーク市場に上場した企業ともなるとその経営の透明性や信頼性が問われる。
 もうひとつは店舗販売の商業界との軋轢(あつれき)だ。中国各地で大型ショッピングモールやホテルなどを建設している不動産開発大手、万達集団の王健林会長は2年前に、テレビ番組の収録でマー氏と顔を合わせた際、マー氏にこう言った。「中国のネット通販が10年後に国内小売市場の50%を超えたら1億元払うよ」。この賭けはいわば、店舗での販売形態が優位を保つか、ネット販売がこれを凌駕するかとの熾(し)烈(れつ)な戦いだろう。
 昨年11月には業界団体の中国家具協会が、ネット通販の販促活動に参加することを禁じる通達を、会員企業と店舗に通知する騒ぎがあった。アリババが「ネット通販と実体店舗の融合形態」を戦略として打ち出したことへの対抗措置で、その戦略に乗せられてしまえば店舗は単なるショールームと化して、注文は家具であろうともネット販売に流れるとの危機感が募った。
 店舗を構えるには家賃も人件費もかかる。顧客が店舗でサンプル家具の現物に触れ、販売員から説明を聞き、自宅に戻ってネットで注文されてしまえば、店舗は販促コストだけ負担させられ実益は得られない。マー氏はそれも織り込んで万達集団の王氏らとも手を組むビジネス戦術も進めているというが、中小商業界にはその恩恵は及ばない。
 ◆模倣品対策に課題との指摘も
 このほかにも、800万もの店舗が軒を連ねるネット通販サイトに出品される模倣品への対策が不十分との批判も多い。ニューヨーク上場で今後、海外市場展開を本格化させるアリババにとって、知的財産権に関する意識も取り締まりも甘すぎる中国の基準で、先進国市場にのっそり進出した場合、予想外のトラブルや訴訟問題を抱える恐れもある。創設からわずか15年の速成巨大企業には勢いはあっても慎重さは縁遠い。
 これらの問題は、国際市場や中国市場で有能なアドバイザーを大量雇用し、チームを組んで対処していけば、あるいは解決なものばかりかもしれない。トヨタをもしのぐ資金力をもったアリババには政治力も備わるだろう。制度や法律の運用も資金力で思い通りにさせられるかもしれない。
 ◆ワンマン体制の“影”
 ただ、カネでは買えないのはマー氏の経営者としての才能やパワーだ。問題やリスクは数多くとも、中国の経済成長やIT(情報技術)化の急成長を巧みに利用して、世界を驚かせる民間企業を中国で作り上げたことの業績への称賛は惜しまない。ただ、残念ながらアリババはマー氏抜きでは語れないトップダウンの企業体であることも確か。集団指導体制の不得意な中国人は歴史的に“皇帝”の出現を心待ちにしている。
 そうなると縁起でもない話しだが、マー氏がいつまで健康で経営トップを続けられるかが懸念材料にもなる。念頭には2011年10月のアップル創業者、スティーブ・ジョブズ氏の56歳での死去がある。アップルはジョブズ氏の類いまれなる才能と経営力で急成長し、いまもその恩恵にあずかっているが、ジョブズ氏なき後のアップルは変わったとの評価もある。
 死去に限らず、ジョブズもかつてそうだったように何らかの理由で、マー氏がアリババを離れた場合の企業像は想像できない。時価総額25兆円はざっくりシンガポール一国の名目国内総生産(2012年で2747億ドル)にも匹敵する規模だ。その経営責任がマー氏ひとりの肩にかかっていると考えた場合、リスクは計り知れない。批判とはいえないが、称賛の裏に“マー帝国アリババ”の脆弱(ぜいじゃく)性が潜んでいることは認識しておくべきではないか。

0 件のコメント:

コメントを投稿